
西祐佳里 「RECORDS」
Gallery Commonでは2026年11月7日から12月6日まで、西祐佳里による個展「RECORDS」を開催いたします。当ギャラリーでは2023年の「Index #7」以来、約3年ぶりの2度目となる個展です。顔のない人物や人形のような存在、静かに佇む動物たちや食べ物など、さまざまなモチーフが西の作品には登場します。そこにはどこか懐かしく親しみのある風景と、現実にはあり得ないような奇妙な出来事が同時に存在し、見る人を現実とも夢ともつかない不思議な感覚へと誘います。
こうした世界は、映画や広告、絵画など、西がこれまでに触れてきたさまざまなイメージが重なり合うことで形づくられています。特に惹かれてきたのは、現実でありながら人工的に構築された空間です。映画や広告、舞台装置のように、光や奥行きが意図的に操作された空間には、リアルでありながら「作られている」ことがはっきりと感じられます。作品にみられるシュルレアリスムな世界も、夢そのものを描こうとするのではなく、こうした「構築された虚構」から生まれているのかもしれません。画面に漂う不安定さも、意図的に組み込まれています。物語がありそうで断定できない状態や、理由の説明されない緊張感に強く惹かれるといいます。映画のような光と影や閉じた室内空間の中にも、そうした感覚が現れています。すべてを説明するのではなく、鑑賞者がそれぞれの物語を連想できるような「意味の空白」を残すことは、彼女の作品にとって大切な部分となっています。
また、作品に漂うノスタルジアには、自身が実際に経験した記憶だけでは説明できないものがあります。映画や広告などを通して繰り返し目にしてきた、実際には経験していない時代のイメージが、記憶のような親しみを帯びて感じられる。西はこうした感覚を「仮構の記憶」と捉えています。青年期を過ごした頃には、戦後の西洋化をあらためて意識する必要がないほど、西洋の文化は日常の中に自然に溶け込んでいました。新しさや奇抜さが価値として受け入れられる時代の空気を享受する一方で、成熟しつつあった同時代の文化よりも、価値観がまだ定まりきらず、揺らぎや歪みを孕んでいた1960~70年代の文化に強く惹かれていったといいます。成熟した理想郷として提示された西洋と、それを取り入れていく過程にあった日本。そのどちらにも、カラー映画や広告の黎明期特有のザラついた色彩や、当時の視覚文化が持つ独特の質感を通して魅力を感じています。そうした、実際には手の届かなかった理想化されたイメージとの距離感が、作品に漂うノスタルジアや違和感につながっています。
ここ数年、New York、韓国、香港など、海外で作品を発表する機会が増える中、自身が影響を受けてきた文化やイメージについて改めて考えるようになりました。異なる文化圏で作品を発表することで、自身にとっては自然なものとして受け入れてきた西洋的なイメージが、別の文化的背景を持つ人々から見れば、ひとつの特徴として捉えられることにも気づいたといいます。西にとって、西洋と東洋、過去と現在といった文化的な境界は、もともと明確に分けられるものではありません。さまざまな文化やイメージが混ざり合った環境の中で、それらを意識的に選び取るのではなく、日常の一部として自然に取り込んできました。異なるものが重なり合い、ひとつに定められないまま自身の中に残っている感覚もまた、現在の制作を形づくる要素のひとつです。
作品には、家族的な共同体を思わせるような関係性が繰り返し現れます。顔のない人物や人形のような存在は、特定の誰かを描くのではなく、見る人がそれぞれの感情や物語を重ねるための「器」として描かれています。顔や表情を具体化しないことで、物語や感情がひとつの方向に決められることを避け、見る人の想像に委ねています。一方で、そこに描かれるキャラクターたちは、互いに共生することを願う穏やかな存在でもあり、その関係性には静かな安心感があります。溶けたアイスクリームやスライム、ハンバーガーの頭部を持つキャラクターなど、ユーモラスなモチーフがひとつの画面に共存しています。一方で、日常の中で描き留めているスケッチには、床上浸水や防護頭巾など、少し「しこり」のあるモチーフも現れます。日々の中で感じる小さな違和感や不安を思わせるものです。穏やかな安心感と、ふとした違和感や不安。そうした相反する感覚もまた、自身の内側にあるものとして作品の中に自然に現れています。さまざまなイメージを組み合わせるコラージュの過程で生まれる「つぎはぎ」の不自然さも、西の作品の特徴のひとつです。デジタル上で画像の境界や質感を整えるのではなく、あえてジャギーやフリンジといった「つぎはぎ」の痕跡を残すことで、異なるイメージが組み合わされた感覚を画面に残しています。
ひとつひとつの作品を見ていくと、そこに描かれたモチーフや場面には、すぐには意味をつかめないものもあります。けれど、身の回りに置かれたものや、画面の中に残された小さな違和感に目を向けることで、少しずつそれぞれの関係性が浮かび上がってきます。西の絵画には、見る人それぞれが自由に向き合える余白があります。懐かしいようでいて、どこか知らない場所。身近なものが、思いがけない組み合わせでひとつの画面に現れます。そこから想像が広がり、それぞれの中で自分だけの物語が生まれていきます。
